
産前産後の患者さんに対して運動療法を行う場面では、腹横筋や骨盤底筋の収縮を指導することは少なくない。
その際、
「お腹をへこませてください」
「お腹を締めてください」
といった口頭指示を使うことも多いのではないだろうか。
そして、
お腹がへこむ。
腹部が硬くなる。
だから腹横筋が収縮できた。
そう判断している場面もあるかもしれない。
もちろん、腹横筋の収縮を促すこと自体が間違っているわけではない。
ただ、臨床で考えたいのは、
腹部が硬くなったことと、体幹機能が適切に働いていることは、必ずしも同じではない
という点である。

「お腹が硬い=腹横筋が働いた」で本当にいいのか
「お腹をへこませてください」と指示をしたとき、患者さんは腹部全体を強く緊張させて応えようとすることがある。
そのとき身体では、
- 腹直筋や内外腹斜筋の過剰な共同収縮
- 腹壁全体の一括固定
- 呼吸の停止
- 胸郭のロック
などが起きている可能性がある。
つまり、腹横筋が機能的に働いたというよりも、
腹部全体を固める戦略を選択している
だけかもしれない。
これは骨盤底筋でも同じように考えられる。
「ギュッと締められること」が、必ずしも良い機能とは限らない。
過緊張が続いていたり、呼吸と連動していなかったり、弛緩がうまくできなかったりする場合、本来の機能を十分に発揮できていない可能性もある。
ここで大切なのは、
収縮できることと、機能的に働けることは違う
という視点である。
体幹は“筋”ではなく“システム”で考える
一般的に、腹横筋は体幹深層筋として位置づけられ、
- 体幹の安定化
- 腹腔内圧の調整
に関与すると考えられている。
しかし、体幹機能は腹横筋単独で成り立っているわけではない。
実際には、
- 横隔膜
- 腹横筋
- 内外腹斜筋
- 腹直筋
- 多裂筋
- 骨盤底筋
といった組織が、呼吸、姿勢、動作に合わせて協調することで機能している。
つまり、私たちが評価すべきなのは、
筋が収縮したかどうか
だけではなく、
システムとして協調できているか
という点なのではないだろうか。

「収縮できた」で評価を終えていないか
臨床では、
「お腹がへこんだ」
「腹部が硬くなった」
という変化を確認して、評価を終えてしまうことがある。
しかし、そのもう一歩先を見ることが重要だと思っている。
私が腹横筋や体幹機能をみるときに意識しているのは、次のような点である。

① 呼吸
まず確認したいのは、呼吸である。
- 息を止めていないか
- 呼吸が浅くなっていないか
- 力を入れた瞬間に呼吸が止まっていないか
腹部をへこませることができても、同時に呼吸が止まっているのであれば、それは機能的な体幹制御とは言いにくい。
特に産前産後では、呼吸、腹圧、骨盤底筋の協調を見ていくことが重要になる。
② 収縮パターン
次に、どの筋が優位に働いているかを見る。
- 腹直筋優位になっていないか
- 内外腹斜筋の過活動はないか
- 腹壁全体を固めていないか
- 呼吸に合わせて腹壁が変化しているか
「お腹が硬い」という結果だけを見るのではなく、
どのように硬くなっているのか
を見る必要がある。
必要な分だけ働いているのか。
過剰に固めているのか。
呼吸や動作に合わせて調整できているのか。
ここに評価の分岐がある。
③ 胸郭
体幹機能を見るうえで、胸郭の状態も重要である。
- 胸郭が固まっていないか
- 肋骨の動きは保たれているか
- 横隔膜の動きは出ているか
- 胸郭をロックして安定を作っていないか
腹部を固めることで一時的に安定して見えても、胸郭の動きが失われている場合、呼吸や姿勢制御に影響が出ることがある。
体幹の安定とは、身体を固めることではない。
体幹の安定は“固定”ではない
ここで改めて考えたいのは、
体幹の安定=固定ではない
ということ。
固定とは、動きを止めること。
一方で安定とは、不安定な環境の中でも動きをコントロールし、必要な分だけ制御できることだと思う。
産前産後の患者さんでは、姿勢変化や疼痛、筋機能の変化などによって、
固めることで安定を作る戦略
を選択していることも少なくない。
しかし、本来の体幹機能とは、
- 横隔膜
- 腹壁
- 背部筋群
- 骨盤底筋
が呼吸や動作に合わせて協調し、必要な量だけ働くことなのではないだろうか。
吸気では胸郭が広がり、横隔膜が下降する。
呼気では腹壁や骨盤底筋が協調し、腹腔内圧を調整する。
このような柔軟な変化こそが、体幹機能の本質に近いのではないかと思っている。

体幹は「固めるもの」ではなく「調整するもの」
だからこそ臨床では、
- 呼吸が止まっていないか
- 胸郭がロックしていないか
- 腹直筋優位になっていないか
- 腹壁が一括固定になっていないか
- 骨盤底筋が締めっぱなしになっていないか
- 動作の中で調整できているか
といった“ズレ”を観察する視点が重要だと考えている。
「腹横筋を入れる」という一つの指示の中にも、多くの評価情報が含まれている。
見るべきものは、
- 呼吸
- 胸郭の動き
- 腹壁の協調
- 筋活動の優位性
- 代償戦略
- 動作制御
である。
「お腹がへこんだからOK」
「硬くなったからOK」
そこで評価が止まってしまうと、本当に必要な介入に繋がらないかもしれない。
大切なのは、
この人の体幹は、今どのように使われているのか
という視点を持つことだと思う。
若手セラピストに伝えたいこと
産前産後の患者さんに必要なのは、
「お腹をへこませる能力」
だけではない。
そして、
「強く固める能力」
だけでもない。
必要なのは、
呼吸しながら、動きながら、必要な量だけ体幹を調整できる能力
ではないだろうか。
腹横筋の収縮を促すことは大切である。
ただし、その収縮が呼吸や胸郭、骨盤底筋、動作と切り離された状態で起きているなら、それは本来求めたい体幹機能とは少し違うかもしれない。
「腹横筋が入ったからOK」で終わるのか。
それとも、
この人の体幹はどう使われているのか
まで見るのか。
その視点の違いが、産前産後の運動療法の質を大きく変えるのではないかと思っている。






